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佐賀地方裁判所武雄支部 平成8年(ワ)134号 判決 1999年5月12日

佐賀県藤津郡<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

平山泰士郎

東京都中央区<以下省略>

被告

日光商品株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

新道弘康

主文

1  被告は、原告に対し、金九三五万五〇八六円及びこれに対する平成八年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は一〇分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一四六五万〇一二三円及びこれに対する平成八年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張(以下、当事者間に争いのない部分に[ ]をし、相手方の反論等を【 】内に記載する。)

一  請求原因

1  当事者

[原告は、昭和三六年○月○日生まれで]、被告との取引以前には全く先物取引の経験はなく、株取引の経験すらない[給与生活者である]。

[被告は、東京工業品取引所等の商品取引員であって、商品取引所法に基づく金その他の商品についての商品取引市場における売買並びに取引の受託等の業務を行っている会社である。B(以下「B」という。)、C(以下「C」という。)、D(以下「D」という。)は、被告の従業員である。]

2  被告の責任

商品取引員やその営業担当者は、顧客に対して、単に受託執行上の善管注意義務だけでなく、顧客の利益に配慮し、顧客に役立つ各種の相場情報を不断に提供し、取引についても顧客に最も有利な方法を助言、指導すべき義務、顧客に対する忠実義務を負い、この忠実義務に違反すれば、顧客に対する不法行為が成立するといわなければならない。被告又は営業担当者には、以下のような忠実義務違反があり、自ら又は営業担当者の使用者として不法行為責任を負う。

また、被告は、委託者である原告に対して、受任者として又は問屋として、右の忠実義務と同様の善管注意義務を負っているところ、これに違反した。

(一) 被告の営業担当者の断定的判断の提供、執拗かつ強引な勧誘、詐言による資金の投入の強要、手仕舞拒否、無断売買

(1) 平成七年五月六日、被告の従業員が原告の勤務先に「金の先物取引をしないか。」と電話を架けてきたのに対して、原告は、断るつもりで「いいです。」と答えた。

翌日、被告の別の従業員が原告の勤務先を訪れ、「やりたいということを聞きましたので。」と挨拶し、「今底値なので買ったら上がりますよ。」と相場のグラフなどを示しながら断定的な判断を提供して勧誘したが、原告は、被告との取引をするとの返事をしなかった。

ところが、同月八日になって、B外一名が原告の勤務先を訪れ、「あなたがいいといったから、金を一〇枚買った。今更契約を変更できない。」と虚偽の説明をしたため、[原告は]、これを信じ、[受領書、約諾書、通知書に署名押印し、被告との間で関門商品取引所、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所における先物取引の委託契約を締結した](以下「本件委託契約」という。これによる原被告間の取引を「本件取引」という。)が、実際に[金の買建玉一〇枚を建てたのは同月九日であった]。【Bが原告に対して商品取引の勧誘を行ったことは認めるが、勧誘の開始日、原告との会話、被告従業員が虚偽の説明をしたことについては否認する。

原告は、本件委託契約の締結当時三三歳であり、しかも若くして職場の要職に就くなど知力及び資力において適格性を欠かない。勧誘者は、原告に対し、「値上がりが予想されますので、この値段が付いたならば買いましょう。」と言ったことはあるものの、断定的判断の提供はしていない。また、初回訪問後に五月の連休をはさんで勧誘したのであるから、原告には少なからず考慮する時間があった。Bらは、執拗かつ強引な勧誘をしていない。】

(2) [原告は、平成七年五月九日]、Bの指示に基づき、[被告に金一〇枚の買建玉を建てるために六〇万円を送金した]。

(3) その後、原告担当の被告従業員はC、E、Dとめまぐるしく変わったが、Cは、原告に対し、「暴落したから、追証を入れてくれ。」「このままでは追証がかかるから両建にして損を防ごう。」と言っては次々に入金を強要した。

【すべて否認する。本件取引のすべては、原告本人の判断と責任において被告に委託して行ったものである。原告は、その取引によって生じた必要証拠金を自らが入金日を申し出て、差し入れた。】

(4) 平成七年一〇月になって、Dが、原告に対し、「二七七万円入れてくれ。入れてくれないと今までの分が全部損になる。」と言ってきたので、原告はDに「もう取引をやめたい。」と申し出たが、Dは、「一度に全部止めると損になる。少しずつ減らしていく方がいい。」と虚偽の説明をし、あくまで二七七万円の入金を迫り、これを原告に強要して、[被告をして、同月二〇日に二二〇万円、同月二五日に五七万円、合計二七七万円を入金]させたが、その二七七万円は、Dの助言に従い損が少しでも小さくなるならと追加入金したものである。

【Dが二七七万円の入金を請求したこと及び虚偽の説明をして入金を強要したことは否認する。

一〇月一七日に追証となり、同月一八日、Dが原告に助言したところ、原告から五四枚の売建玉の注文があり、その必要証拠金として三二〇万五三七九円が必要であることを伝え、同月二〇日までには入金するとのことであったので、この注文を受けた。ところが、同日に入金されたのは二二〇万円にすぎず、原告は、残金一〇〇万五三七九円については数日待って欲しいと述べた。

同月二三日、Dは、右不足額に相当する建玉の決済に関して、売建玉及び買建玉の決済並びに同枚数の売建玉及び買建玉の決済、それに伴う損益計算について原告に助言し、これに基づいて、原告は、当時の金相場の状況を考えて最終的に買建玉二〇枚の決済及び二〇枚の買建玉の注文をした。

同月二五日、金相場が値上がりの様子を見せていたので、Dは、原告に連絡を取り、値段がそれほど高くないので損計算となっている売建玉を多く決済することを原告に提案し、これに原告が同意し、売建玉二〇枚及び買建玉一五枚の決済がなされ、その結果証拠金が五七万円ほど不足となっていたため、これを原告に伝え、これに基づいて同日原告から五七万円の入金がなされたものである。】

(5) 原告が手仕舞を依頼した際、Dが「相場の変動が余りないから商いができない。」という素人だましの説明をして手仕舞を拒否したことがあった。

【否認する。】

(6) [原告は、平成八年一月二六日]、いつまでも被告との取引が切れない現状から、佐賀県消費者センターに相談し、さらに原告代理人事務所を訪れて相談し、同日[午後三時二〇分、原告は、同事務所から被告の福岡営業所に電話を架け、Cに対して手仕舞を指示した]。

さらに、[同月三〇日午前九時三〇分、同日午後一二時五分にも同様の電話を架け]、その結果ようやく[本件委託契約が終了した]。

(7) ところが、被告は、同月三〇日付で、原告に無断で、原告のために買建玉を一〇枚建てており、無断売買をなした。

【被告従業員が注文伝票の内容を書き間違えたため、一部建玉の決済が履行されずに新規に建玉が行われ、これに気づいた被告従業員が当該両建玉を当日大引けで決済したことは認めるが、この事実をもって無断売買について被告従業員に故意ないし作為があったとはいえないし、これによって本件取引がすべて違法と評価されるものではない。】

(二) 無意味な反復売買

先物取引は、先物取引の仕組みの全体的かつ正確な理解が困難であることから、これを利用し、商品取引員たる業者が客の無知につけ込んで無意味な反復を繰り返させ、手数料だけを稼ぐいわゆる「客殺し」が行われやすい。

本件取引は、全体としてみると、以下のとおり被告の従業員が原告に無意味な取引を頻繁に繰り返させ、手数料名下に多額の金銭を巻き上げた違法な取引であると評価することができる。

【商品先物取引において、取引が意味あるもの又はないものの定義ができないことは過去の判例においても見られるところであることから、平成元年一一月版の全国商品取引所連合会作成の委託業務指導基準の中から、「無意味な反復売買」の文字が消去され、かわって「不適正な売買取引行為」とされている。しかも、先物取引の仕組みに関する理解が困難であるという宣伝が人々を誤った思考に陥らせているが、歴史的には、我が国でも古くから取り入れられている取引であり、現在世界的規模で先物取引市場が拡大しつつある。】

(1) 特定売買率

[特定売買率とは、全取引回数において特定売買回数の占める割合のことであり、特定売買とは、以下のような取引であり]、本件における該当取引は以下のとおりである。

① [直し(売直し、買直し)]

[既存の建玉(売建玉あるいは買建玉)を仕切るとともに、同一日内で新規に同じ玉を建てることであり、本件では、平成七年六月六日、同月二〇日、同年七月一二日、同月一七日、同月一八日、同年一〇月六日、同月一二日、同月二三日、同年一二月二六日、平成八年一月五日、同月一七日、同月一八日、同月二三日、同月二四日、同月三〇日と一五回ある]。

【直し自体は、効果的な取引手法である。例えば、買い直しでみると、買建玉を建てた時の予想どおり相場が上がり、これからも上がると予想されるときにいったん利益を取得し、更に買い直した方が利益の確保の点から見るとより確率が高いし、利益を取得するだけでなく、この利益を更に証拠金として利用して玉を建てることも、損金に充てることもできるのであり、資金的にもより効率的な取引ができる。】

② [途転]

[既存の建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に反対の建玉を行うことであり、本件では、平成七年五月二九日]、同年六月二九日、同年七月一八日、同年一〇月六日、同月一二日、平成八年一月五日、同月一七日と七回ある(ただし、平成七年七月一八日から平成八年一月一七日までの合計五回は前記直しとの重複である。)。

【途転の定義はそのとおりであるが、実際の特定売買比率の計算においては、既存の建玉(片建玉又は枚数の異なる両建玉)を仕切るとともに、同一日内で新規に反対の建玉を行っているもので、残玉の差引が反対になった場合(含異限月)と補足説明されている。したがって、被告の認める以外の取引は途転に該当しない。

将来の値下がり又は値上がりを途転をすることに合理性がないとはいえない。したがって、相場観の変化にともなって当然途転が行われるのであって、途転自体は何ら悪いものでない。本件においても、平成七年五月二五日の取引については、その後の原告が行った取引における約定値段の推移を見ると、買仕切値一〇三〇円を下回っていないので、この取引の判断はこのときの最良のものであり、途転は意義あるものであったというべきである。】

③ [日計り]

[新規に玉を建て、これを同一日内で仕切ることであり、本件では平成八年一月三〇日に一回ある]。

④ [両建]

[既存の建玉に対応させて、反対建玉を行うことであり、本件では、平成七年五月一〇日、同年六月二八日、同年七月三日]、同月一二日、同月一七日、同月一八日、[同年八月一日、同年一〇月一八日]、同月二三日、[平成八年一月一〇日]と一〇回ある(ただし、平成七年七月一二日、同月一七日、同月一八日、同年一〇月二三日の四回は前記直し等との重複である。)。

【定義については原告主張のとおりであるが、例えば既存建玉が五〇枚の買建玉に対して、一〇枚ずつの売建玉でも既存の五〇枚の買建玉に相応するまで両建として計算されて両建五回となるが、すでに五〇枚の両建状態にあるものに、一〇枚の売建玉あるいは買建玉をした場合は、両建とはならない。したがって、被告が認める以外の取引は両建ではない。

両建をすると、相場の予想ができない場合でも安心であり、予想が外れても損が拡大しないので一時的には保険の機能を有し、以後追証も発生しないので危険性がより少ない安全策の一つである。両建は、当初から売り買い双方の建玉を同時に決済することを予想して行う取引ではなく、両建にして損を固定し、その後固定した両建時の損を少なくするように手仕舞いできれば、両建を選択した利点となる。】

⑤ [手数料不抜け]

[売買取引により利益が発生したものの、当該利益より委託手数料の方が大きいため、差額損となるものであり、本件では、平成七年七月一八日の六五枚の仕切り、平成八年一月一二日の三〇枚の仕切り、同月一六日の四枚の仕切り、同日の取引に関する一〇枚の仕切り、同月二二日の一三枚の仕切り、同月二四日の二五枚の仕切りの六回ある(ただし、平成八年一月一二日と同月二四日に関しては、直しとの重複である。)]。

【右各取引が異常な取引であったわけではなく、むしろ逆に日計り及び手数料不抜けを回避しようとして委託者に手仕舞を躊躇させたばかりに損金を拡大させた場合には、商品取引員及び外務員に責任が生じるものである。】

特定売買率が二〇パーセントを超えれば異常と判定されるべきものであるが、これらの特定売買の回数合計は三九回にも及び、特定売買率は七〇・九パーセントに達するし、重複を除いてもその回数は二八回であり、その率は五〇・九パーセントにも及ぶ。

【平成元年四月一日に農林水産省が実施した「委託者売買状況チェックシステム」によれば、特定売買は、商品取引員単位で月ごとに三か月未満の委託者の集計として全体で見た全体売買に占めるその比率を見るものであり、個々の委託者の取引を一代で計算するものではない。この点において、原告の特定売買率の計算方法による非難は適切ではない。

例えば、すでに四〇枚の買建玉があり、さらに四〇枚の売建玉をしたとすると、一回の両建がなされたことになり、さらに、この両建玉四〇枚を一括して(買建玉及び売建玉を同時又は時差をもって)決済すると、取引回数は二回となり、特定売買比率は五〇パーセントとなるが、これを一〇枚ずつ決済すると取引回数が八回となり、その比率は一二・五パーセントとなることから分かるように、そもそも、特定売買率の計算方法については作為が入る余地があり、その比率をもって正常あるいは異常な取引と認定することはできないというべきである。

その計算方法としても、右チェックシステムでは、①同一建玉について売(買)直し、途転等が重なっている場合には、次の②により重複されずいずれか一回とする、②重複している場合の計算順位は、売(買)直し、途転、日計り、両建玉、手数料不抜けの順とする、となっており、これを考慮せずに回数を計算する原告の方法は妥当でない。

特定売買比率が二〇パーセントを超えれば異常と判断すべきであるとの点については、米穀新聞社発行の「商取ニュース」に同様の記載があるが、同新聞社は後日「農水省は現在までこのような決定をした事実はありません。上記証明致します。」と訂正しており、原告の主張は、失当である。

本件取引の取引回数は六六回であり、特定売買は、以下のとおり二九回であるから、特定売買比率は四三・九パーセントである。①直しは一五回、②途転は平成七年五月二九日の一回(原告主張のその余の取引は前記補足説明から途転には該当しない。)、③日計りは一回(ただし、前記のとおり平成八年一月三〇日の取引は誤ってなされたものにすぎない。)、④両建は六回(平成七年七月一二日、同月一七日、同月一八日、同年一〇月二三日の各取引は前記両建の定義に該当しない。)、⑤手数料不抜けは六回である。】

(2) 手数料化率

手数料化率とは、客の被った実損害額のうち、業者に支払った委託手数料が占める割合のことであり、これが一〇パーセント程度を越えれば異常と判定されるべきものであるところ、本件では、原告が被った実損害額は一二一五万〇一二三円であり、うち手数料総額は一一一二万八〇〇〇円であるから、手数料化率は九一・六パーセントにもなる。

【通商産業省及び農林水産省の共同通達「売買状況に関するミニマムモニタリング」に基づく「委託手数料の比率」の処理(計算)要領では、「委託証拠金に対する委託手数料の比率は、取引員より提出された『月計残高資産表』に基づき、対象期間の受取手数料の合計を預かり委託証拠金で除したものとするとされていることからすると、原告主張の手数料化率は妥当でない。

原告の主張によれば、委託手数料の合計額が損金合計額よりも大きいときにはその割合が何を示すのか分からず、わずか一〇円前後の利益でも出していれば計算不可能となって、無意味な反復売買がなかったものと推認されることになり、合理性を欠く。

異常であるかどうかの基準とされている一〇パーセントという数値は、前記と同様米穀新聞社の予測記事に基づくものであるが、その計算方法は原告のものとは異なっており、この一〇パーセントという数値によって判断するのは妥当ではない。

被告主張の計算方法によると、平成七年五月は一〇・四パーセント、同年六月は二五・一パーセント、同年七月は五二・四パーセント、同年八月と九月は〇パーセント、同年一〇月は一九・六パーセント、同年一一月は〇パーセント、同年一二月は一〇・一パーセント、平成八年一月は九〇七・五パーセントであり、平均月二一・七パーセントである。】

(3) 売買回転率

売買回転率とは、全取引回数を取引期間で除し、これに三〇を乗じて得られる数値であり、その数値が三を超えれば異常と判断されるべきものであるところ、本件では、全取引回数は五五回であり、平成七年五月九日から平成八年一月三〇日までの取引期間は二六七日(初日算入)であるから、売買回転率は六・一八となる。

【主務官庁通達の売買回転率の算出方法は、委託建玉残高累計の二倍の数値を月間委託取引高で除したものを平均建玉日数といい、売買回転率は三〇日(一か月)をこの平均建玉日数で除したものである。

例えば、一〇〇枚の建玉をしたあと三〇日目に落とせば月一回転、一〇日目に落とせば月三回転となり、一〇〇枚を分割して建玉しても、また分割して落としても同じ回転率になるべきところ、原告の計算方法では、一〇〇枚の建玉を一か月間に二〇枚ずつ五回に分けて落とした場合と一〇枚ずつ五回合計五〇枚のみの決済をした場合との見分けがつかないなど不合理である。

前記と同様に、異なる計算方法を前提としている米穀新聞社記載の基準数値一か月当たり三回を超えれば異常とするのも不合理である。

被告主張の計算方法によれば、平成七年五月は一・一回転、同年六月は二・八回転、同年七月は二・六回転、同年八月及び九月は〇回転、同年一〇月は一・二回転、同年一一月は〇回転、同年一二月は〇・五回転、平成八年一月は三・八回転あり、平均月一・一回転である。】

(4) このように、特定売買比率、手数料化率、売買回転率の各基準からみて、被告従業員が原告に無意味な取引を頻繁に繰り返させて被告が手数料名下に多額の金銭を取得したものであり、これら一連の取引行為は違法と評価すべきである。

【原告の主張する特定売買比率、手数料化率、売買回転率の計算方法は、前述のとおり主務官庁が取引所を経由して商品取引員に通達したものとは一致せず、その計算内容についても根拠のないものである。

そもそも投機というものがその時々の経済事情等により変動する価格に対する思惑で売買が行われるものであるから、全体を計数化して個々の取引を判断することはできないというべきである。個々の取引においては、担当外務員がその時点における相場情報を提供するとともに、これを理解して原告の判断と責任において行い、その取引の成立の都度被告から原告に委託売付買付報告書や計算書が送付され、内容が確認されているのであり、その報告書の冒頭には内容の確認を依頼する文言とともに、内容に相違があった場合には直ちに管理本部長に申し出るようにという記載があるところ、原告から意に反する取引があったとの申出はなかった。さらに、毎月一回定期的に残高照会通知書を原告に送付し、取引状況を確認してもらっているが、その書面で内容の確認と回答書の返送を頼んでいるところ、原告はその回答書を四回返送し、うち一回については相違ない旨の回答をした。

以上のように、本件取引は、原告本人の判断と責任において行われたものであり、その取引の取次の対価として法定の手数料を徴収したにすぎず、何ら違法なところはない。

先物取引の委託者の八割が損失を被るといっても、原告は、利益を得ようとして、損失を被ることがあることも十分に理解して、本件委託契約を締結したのであり、損失を被ったからといって、その損害賠償を求めることは妥当ではない。】

3  損害 合計一四六五万〇一二三円

(一) 損金相当損害金 一二一五万〇一二三円

(二) 慰謝料 一二〇万円

(三) 弁護士費用 一五〇万円

【すべて否認する。ただし、本件取引が原告主張額で損勘定となったことは認める。】

4  よって、原告は、被告に対し、損害賠償金として一四六五万〇一二三円及びこれに対する手仕舞の日の平成八年一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  抗弁(過失相殺)

原告は、本件取引がハイリスクの取引であることを十分に了解して取引を開始し、取引に必要な証拠金を一一回も被告に入金し、残高照会回答書に署名押印して取引につき残高照合のとおり間違いない旨返送し、Dらと面談しながら取引結果について何ら異議を述べず、相場が予想どおりいかない場合にも被告担当者に助言を求めてそれにしたがって取引注文している。したがって、仮に、原告の損害について被告に責任があるとしても、責任の大半は原告に起因するものである。

【被告の詐欺的商法、取引継続による損害の拡大について、原告には落度がない。過失相殺を認めると、詐欺的商法を働いた加害者である被告に不正な利益が留保されることになり、過失相殺の理念である公平の原則に反することになる。】

第三裁判所の判断

一  本件取引の経緯(特に断らない限り平成七年である。)

1  原告は、昭和五五年に高校卒業後、○○町農業協同組合に就職し、平成五年にa店の店長となった者であるが、本件まで先物取引や株式の現物取引の経験はなかった。(原告)

2  乙三、二八、三八号証、証人Bの証言、原告本人尋問の結果によれば、(一)ないし(三)の事実が認められる。

(一) 被告において商品先物取引の受託及び委託の勧誘を担当している従業員であるBは、五月一日、原告の勤務先である右a店に架電し、原告に会社の概要と商品先物取引の簡単な説明をして、面談の約束を取り付けた。

(二) Bは、五月二日午後一時ころ、a店に原告を訪ね、商品先物取引委託のガイド(乙一)を用い、説明図を書くなどして、商品先物取引の仕組みを説明し、金の価格が上昇傾向を見せていたので、「今金の状態が円安で値段が上がってきており、チャンスと思われるので取引しませんか。」と勧め、金相場の罫線を見せ、金先物取引についての委託証拠金額、損益計算、値幅制限、及び相場が予測に反して動いた場合の決済、追証、両建等の対処方法、手数料などを説明し、危険を避けるために安値で買うことを助言するなどし、「金の採掘コストから見て現在の一一〇〇円以下は安いと思いますので、この値段で指値注文してはどうですか。」などと、約一時間ほど説明した。この説明の間、原告は、若干の質問をしたものの、ほとんど口を挟むことなく聞いているだけであった。原告は、委託のガイド、委託契約準則、難平・両建・追証等の説明書の受領書(乙四)に署名押印した。しかし、原告は、これらの書類を連休中に読まなかった。

(三) Bと上司のFは、五月八日午後四時半ころ、a店に原告を訪れ、Fが中心になって一時間半くらいかけて五月二日と同様に説明し、指値を一〇八〇円以下に切り下げて注文したらどうかと勧めた。原告は、それに対して、特に質問をすることもなく、関門商品取引所等の商品市場における取引の委託をすることにし、先物取引の危険性を了知した上で取引所の定める受託契約準則の規定に従って自分の判断と責任において取引を行うことを承諾した旨の約諾書(乙五)に署名押印し、連絡先の通知書(乙六)を渡し、本件委託契約を締結した。Bらは、指値注文をするためには証拠金の入金が必要であることを伝えたところ、原告は、明日振り込むと返答した。

3  乙一一、一三、一四、二〇、二九、三五、三六号証、証人Cの証言、原告本人尋問の結果によれば、(一)ないし(九)の事実が認められる。

(一) 原告は、五月九日、半ば利益を期待して、被告に金一〇枚分の買建玉を建てるために六〇万円を送金した。Bの上司であるCは、Bから報告を受け、同日、証拠金の振込みを伝えてきた原告に当日の金相場の推移を説明し、指値ではなくて成り行き注文の方が取引の成立しやすいことを助言し、原告は、一〇枚の買建玉を注文した。

(二) Cは、五月一〇日、金相場が思惑に反して値下がりしたことから、対処方法を説明するとともに、長期的には値上がりする見込みであるが目先的には相応の下げも予想されていることを伝え、両建をして売建玉を五枚分多く持つようにすることを助言した。原告は、結局のところ決済を選択せずに、一五枚の売建玉を注文し、その証拠金九〇万円を翌五月一一日に送金した。

(三) 原告の計算上の損益は、五月一〇日以降損失を示していたが、五月二九日に好転した。Cは、その旨を原告に伝え、先の売建玉一五枚の決済の注文を受け、既存の買建玉をどうするかを相談して、相場観として値上がり予想にあることを説明し、買建玉を建てることを助言した。原告は、余剰となっている証拠金を使用して一五枚の買建玉を注文した。

(四) Cは、六月六日、買建玉に計算上の利益が出ていることを原告に伝え、その利益金と余剰証拠金を新たな取引の証拠金に利用することを助言した。原告は、買建玉一五枚の決済を依頼し、一八枚の買建玉を注文した。

(五) Cは、六月二〇日、五月九日と六月六日の買建玉が利益計算になっていることを原告に伝え、原告は、すべての建玉の決済を依頼した。Cは、後刻その取引を報告するとともに再取引を勧め、値上がりが予想されること、預かり資金で三一枚の取引が可能であることを説明、助言した。原告は、三一枚の買建玉を注文した。

(六) Cは、六月二八日、右の買建玉について損失が発生しており、午後の相場動向次第では追証が必要になりそうな様子であること、為替動向を左右する日米自動車交渉が夜半に控えていることを説明し、対処方法を説明し、両建で様子を見ることを助言した。原告は、三一枚の売建玉を注文した。

(七) Cは、六月二九日、前日の売建玉の証拠金一八六万円を振り込んだ旨の連絡をしてきた原告に、日米自動車交渉の合意成立により為替が円安になったことから金相場が値上がりしていることを説明し、この合意により為替が円安方向に動くのではないかとの見通しを伝え、損失が大きくならないうちに売建玉を決済することを勧め、原告は、売建玉の決済を注文した。Cは、右決済の取引成立を報告し、早めに今回の損失を取り戻すために買建玉を建てることを勧め、原告は、一九枚の買建玉を注文した。

(八) Cは、金相場が値下がりしたことから、七月三日、原告に対して、追証は不要であるものの、損計算になっていることを報告し、米国市場の休日、円安警戒感を説明し、対処方法を説明し、両建を助言した。原告は、五〇枚の売建玉を注文した。この建玉の証拠金三〇〇万円は、被告の受託契約準則(乙二)九条二項によれば、委託証拠金は遅くとも取引が成立した日の翌日正午までに預託すべきであることになっているのに、七月四、五、六日の三日に分けて入金された。

(九) Cは、その後、四月入社の登録社員の外務活動の指導に当たることになり、原告の顧客管理を福岡支店支店長Eに引き継いだ。

4  乙一三、一四、二〇、三〇、三三号証、証人Dの証言、原告本人尋問の結果によれば、(一)ないし(八)の事実が認められる。

(一) DがEの後任として福岡支店支店長になった八月一日当時、原告の保有状況は、売建玉一〇枚と買建玉六〇枚であったところ、金相場が値下がりして追証を入れなければならない状態であった。Dは、原告に対して、対処方法を説明し、金相場の値下がりの可能性のあることを述べ、両建にすることを勧めた。原告は、五〇枚の売建玉を注文した。

(二) 金相場は、九月中旬まで急上昇が続き、同月下旬に急落したことがあり、一〇月になってようやく落ち着き、一〇月六日の時点で、若干の値上がり傾向にあった。Dは、原告に対して、円安傾向から金相場の値上がりを予想し、買建玉を多く持つことを勧め、売建玉だけを決済すると損失が大きく証拠金が不足することになるので、買建玉も決済することを助言した。原告は、売建玉一〇枚及び買建玉三〇枚の決済を依頼し、五八枚の買建玉を注文した。

(三) 金相場が値上がりし、Dは、一〇月一二日、損計算となっている売建玉の決済について助言をした。原告は、売建玉一〇枚及び買建玉六八枚の決済を依頼し、その取引結果報告を受けた際に七四枚の買建玉を注文した。

(四) Dは、一〇月一八日、前日に値下がりのために追証となったことについて対処方法を相談するために原告と連絡を取り、「市場の売り買いの勢力を示す相対力指数は中立を示して売り買いとも動きづらい。」との日本経済新聞のコメントを紹介し、五四枚の売建玉を建てること勧め、その証拠金として三二〇万五三七九円が必要であると伝えた。原告は、これを了解し、一〇月二〇日までに入金すると述べ、五四枚の売建玉を注文した。原告は、一〇月二〇日に二二〇万円だけを入金し、残金一〇〇万五三七九円は数日待って欲しいと伝えた。

(五) Dは、一〇月二三日、原告に対して、右証拠金の入金が困難な場合には不足額に相当する利益が出ている買建玉の決済によって補うことを助言し、その具体的な方法とそれぞれの当面の損益計算を説明した。原告は、買建玉二〇枚の決済及び二〇枚の買建玉を注文した。

(六) Dは、金相場が値上がりの様子を見せていたので、一〇月二五日、原告に対して、値段がそれほど高くないので、損計算となっている売建玉を多く決済することを助言した。原告は、売建玉二〇枚及び買建玉一五枚の決済を依頼し、その結果証拠金が五七万円ほど不足となっていたため、同日五七万円を入金した。

(七) Dは、一二月二六日、原告が売建玉七四枚と買建玉七九枚を保有していたところ、金相場の値上がりが続いていることから、買建玉を多く持つことを勧め、売建玉だけの決済では証拠金が不足するおそれがあり、買建玉を決済してその利益で損失を補い、改めて買建玉を注文することを助言した。原告は、売建玉一〇枚及び買建玉七九枚の決済を依頼し、その取引結果報告の際に八三枚の買建玉を注文した。

(八) Dは、平成八年一月五日、原告と連絡を取って、金相場が大幅な値上がりをしたため計算上の損益が好転していることを伝え、ニューヨーク市場の上昇基調、円安傾向から金相場の値上がりの見通しという相場観を述べ、(七)と同様の方法で買建玉を多く持つことを助言した。原告は、売建玉一〇枚及び買建玉八三枚の決済を依頼し、その取引結果報告の際に一一二枚の買建玉を注文した。

5  乙一三、一四、二〇、二九、三三号証、証人Cの証言、原告本人尋問の結果によれば、(一)ないし(八)の事実が認められる。

(一) Cは、平成八年一月一〇日、Dから原告を含む顧客管理を引き継いだが、原告は、一一二枚の買建玉と五四枚の売建玉を保有していた。Cは、円高を要因として金相場が値下がりをしていることを原告に告げ、対処方法を説明し、決済による損切りをしたくないとの意向を受けて、両建にすることを助言した。原告は、五八枚の売建玉の注文をした。

(二) この売建玉の証拠金の入金予定日であった同月一二日に入金ができないことを原告から伝えられ、Cは、決済を促した。原告は、売建玉、買建玉各三〇枚の決済を依頼した。

(三) Cは、同月一六日、原告に、右決済にもかかわらず、追証が必要になっていることを説明し、過去数日間の値上がり傾向から買建玉を多く持つように決済することを助言した。原告は、売建玉一九枚及び買建玉一四枚の決済を依頼した。

(四) Cは、同月一七日、円安が進んだことから値上がりが予想されることを伝えたところ、原告が買建玉を多くするために売建玉の決済を希望したので、その決済により証拠金の不足が生ずる可能性のあることを説明した。Cは、買建玉を決済した場合の対処方法を質問され、買建玉を決済することは可能であるが、買建玉を多く持つには建玉のし直しが必要であると助言した。原告は、売建玉五枚及び買建玉六八枚の決済を依頼し、午後に七〇枚の買建玉を注文した。

(五) Cは、同月一八日、金相場が立会の初めから大幅な値下がりを見せていたことから追証の可能性があることを原告に説明して、決済を助言した。原告は、売建玉二枚及び買建玉七〇枚の決済を依頼した。Cは、その取引結果の報告の際に、値下がりが止まったかのようにみられることから対処方法について助言した。原告は、六九枚の買建玉を注文した。

(六) Cは、同月一九日、価格動向について方向観がつかめないと述べ、売建玉と買建玉を同数にし、そのために、買建玉だけを決済すると証拠金の不足が生じることから売建玉も決済することを助言した。原告は、売建玉一三枚及び買建玉二六枚の決済を依頼した。

(七) Cは、同月二二日、前週末の決済にもかかわらず追証が課せられたままであったので対処を助言し、原告は、売建玉及び買建玉各一三枚の決済を依頼した。Cは、現在の証拠金では損金計算になっているため建玉の維持が困難であると説明し、原告は、建玉を維持するために、六〇万円を入金した。

(八) Cは、同月二三日、二四日、金相場の上昇傾向に変化が見られないことを説明し、それへの対処方法として損計算となっている売建玉を決済するように助言するとともに、その決済により証拠金の不足が生じるので買建玉を決済しなければならないと説明した。原告は、同月二三日、売建玉五枚の及び買建玉三〇枚の決済を依頼し、二五枚の買建玉の注文をし、同月二四日、売建玉五枚及び買建玉二五枚の決済を依頼し、二〇枚の買建玉の注文をした。

6  甲六、乙二九、三一号証、証人Cの証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、(一)ないし(三)の事実が認められる。

(一) 原告は、平成八年一月二六日、本件取引を終了することを佐賀県消費者センターに相談し、さらに原告代理人に相談し、同日午後三時二〇分、原告代理人事務所からCに架電して建玉の決済を依頼した。Cは、これに対して、午後三時半に終了する金市場の立ち会いに間に合わないことから、二九日の相場動向を見ながら決済することを勧め、原告から了解が得られたものと理解していた。

(二) Cは、同月二九日に原告と連絡を取ろうとしたが、取ることができなかった。

(三) 原告は、同月三〇日午前九時三〇分に電話をし、売建玉、買建玉とも一〇枚を残してあと少し削るとCから告げられたが、手仕舞いを指示し、原告代理人も、同日午後一時五分に確認の電話をした。しかし、売建玉及び買建玉各一〇枚が残っており、同日中に決済された。

(なお、乙三一の記載、証人Cの供述には、売建玉及び買建玉各二〇枚の仕切をすべきところ、二回の注文伝票の間違いにより結局各一〇枚の売建玉と買建玉が残ってしまったが、九時三〇分の原告から電話のときにはそれに気づいておらず、決済したと返答し、午後三時前にようやく気づいたとの部分がある。しかし、甲六の二によれば、Cは、誤記の結果残っていたとする枚数と同一の枚数を残すことを勧めており、決済したとか決済の手続を終わったという報告をしておらず、右の弁明は、にわかには信用できない。)

7  原告は、当初は、自分の方から連絡をすることはたまにしかしていない。また、ほとんどすべての注文を、このように玉を建てたらどうかとか、決済したらどうかなどというCやDの助言のとおりに行っていた。原告は、取引の度に被告の本社から報告書を受け取ったが、これに対して、十分に理解できなかったにしろ、疑問を述べたり、異議を述べたりしたことはなかった。(原告、C)

二  被告の違法性、有責性

1  被告従業員の原告への対応

(一) 断定的判断の提供

Bは、原告に対して利益が期待できることを強調して勧誘したことを自認している。しかし、それは、前記認定のとおり、「今金の状態が円安で値段が上がってきているので、チャンスと思われますので取引しませんか。」と勧めたにとどまるし、DやCも自分の相場観を示して自らの勧める方法によれば利益の出るとの予想を述べたにすぎず、いずれも、断定的判断を提供したということはできない。他に、被告の従業員が本件取引により利益を得られるとの断定的判断を原告に提供したことを示す証拠はない。

なお、先物取引の委託者の約八割が損失を計上しているのに(甲八)、Bが利益の可能性を強調して勧誘したとしても、現実に利益を得る可能性があるのであるから、併せて損失の可能性もあることを委託者に理解できるように説明しさえすれば、右の勧誘自体について責任があるということはできない。本件取引では、Bにおいて相場が予想に反した場合に決済等について説明しており、原告もたやすく理解できたはずであり、右のような勧誘によって責任を負うということはできない。

(二) 本件取引の契約締結の際の虚偽説明

原告は、契約締結を断るつもりで「いいです。」と言ったにすぎなかったのに、Bらから五月八日に「あなたがいいと言ったから、金を一〇枚買った。今更契約を変更できない。」との説明を受けたと供述する。しかし、そのように強引に注文を受けるのであれば、従前先物取引について詳しく説明したのに、再度詳しく説明する必要もないはずであり、反対尋問に対する供述にやや曖昧な部分もみられ(第七回六八項以下)、信用することができない。

なお、仮に原告主張のような説明があり、原告がそれによって本件委託契約の締結に至ったとしても、原告は、前記認定のとおり、右の日からわずか二日後に利益を半ば期待して一五枚の売建玉を注文して翌日九〇万円の証拠金を送金するなど、取引継続の意思を示しているのであるから、右のような説明だけをもって被告が本件取引全体について責任を負うとみることはできない。

(三) 執拗かつ強引な勧誘

前記認定事実からも、Bが熱心に本件委託契約の締結を勧めたとみることができるが、本件委託契約に至るまでの勧誘の回数、時刻、勧誘の時間、勧誘の場所、説明内容、原告の年齢・職業・役職から考えて、被告が本件取引について不法行為責任を負うに至るような違法有責な勧誘行為をしたということはできない。

(四) 入金の強要など

原告は、Cらが原告に対し、「暴落したから、追証を入れてくれ。」「このままでは追証がかかるから両建にして損を防ごう。」と言っては次々に入金を強要したと主張し、これに沿う原告の供述部分(六回一一三項以下)もある。また、DやCは、前記認定のとおり、仕舞いではなく新たな取引を熱心に勧めており、なかには粘り強く特定の取引方法を勧めた場合のあることは否定できない。

しかし、CやDは、前記認定のとおり、個々の取引に際して、損益の状況を説明し、決済した場合の損失の額、損で終わりたくないのであれば建玉を維持し、そのためには追証が必要であるとか、両建などの対処方法があると説明して、特定の方法を助言したものである。Cらが、当日の金相場の値動きや相場の予想、対処方法について虚偽の説明をして、これにより入金をさせたと認めるに足りる証拠はない。また、最終的な決断は原告にゆだねられており、原告は、Cらの勧めた方法について了解して、決済を依頼し又は新たな建玉を注文したものであり、取引内容の報告書を受けて後日当該取引について被告の本社に対して苦情を申し出る機会もあったのに本件取引を終了するまでこれをしていないことを併せ考えると、Cらの説明、助言自体だけをもって、不法行為責任を負うような違法な行為であると評価することはできない。

(五) 手仕舞いの拒否

先物取引における委託者の損失負担が委託者の取引参加の意思をよりどころとしているのであるから、先物取引の委託者が手仕舞いの意向を表明しているのに、商品取引員やその従業員が取引の継続を勧めることは、不相当であるといわざるをえない。しかし、先物取引が基本的には委託者の責任と判断においてなされるものであるから、委託者が手仕舞いの意向をいったん表明していても、商品取引員らの説明や助言に応じて、最終的には取引を継続したような場合には、結局は委託者の意思に基づいて取引を継続したことになるから、商品取引員らの行為が直ちに不法行為責任を負う違法有責な行為であるということはできない。

本件についてみると、原告は、平成八年一月までにも手仕舞いにしたいとの意思を表明したことがあるものの、Cらの説明と助言を得て、少しでも利益が出るのであれば損を取り戻したいという気持ちから、結局のところ、平成八年一月三〇日になるまで、最終的には確定的な委託終了の意思を示さずに、Cらの勧める方法による取引を注文し、証拠金も送り、本件委託契約を継続している(原告)。したがって、Cらのこの点の行為をもって不法行為責任を負うということはできない。

なお、平成八年一月三〇日の取引については、原告からの手仕舞いの指示にもかかわらず、結局のところ、買建玉及び売建玉各一〇枚が残っており、これに対するCの弁明は前述のとおり信用できない。しかし、それだけをもって本件取引全体がただちに違法、有責と評価されるものではないし、本件取引全体が詐欺商法によるものであることを推認させるということはできない。

2  無意味な取引

(一) 特定売買率

被告の認める特定売買に限っても、直しが一五回、途転が一回、日計りが一回、両建が六回、手数料不抜けが六回である。

(1) 直しは、既存の売玉を仕切って即日また新規に売玉を建てること、あるいは既存の買玉を仕切って即日また新規に買玉を建てることであり、通常は、手数料の負担が増えるだけの委託者にとって無益な取引である。

(2) 途転は、既存の建玉を仕切るとともに、即日新規にそれと反対の建玉を行うことである。途転は、将来の値動きを予想して行われるのであるから、これ自体が不合理な取引であるとは即断できないが、無定見、頻繁に行われると手数料や証拠金の負担を増やすだけの結果になる上に、途転当時に予想した値動きと反対の値動きをした場合には、損失を大きくする結果になる。

(3) 両建は、既存の建玉に対応させて、反対の建玉を行うことであり、対応する売り買い双方に証拠金を必要とする上、手数料も倍額が必要となるし、両建をしたときに、仕切った場合と同額の差損差益が実質的に確定しているから、手数料が余計にかかるほかは、仕切った場合と同様である。また、両建をしないで仕切った場合と比べて利益を得る又は損失を小さくするには、相場の変動を見極めて一方の建玉を仕切る時期を誤らないようにしなければならず、それを誤るといずれの建玉でも損失を被ることになって、両建をしない場合よりも損失を拡大しかねないものであって、高度な先物取引に対する知識、相場観が要求される。

登録外務員必携とされる規定の解説(甲九)にも、両建は、未熟な委託者に対してとるべき方法ではなく、むしろ損失を軽微な段階で見切らせるように委託者を説得指導すべきであると記載されているくらいである。

(4) 不抜けは、売買取引により利益が発生したものの、当該利益より委託手数料の方が大きいため、差額損となるものであり、委託者にとり手数料の幅以上の利益を得られない限り利益はないのであるから、その時点で仕切ることがやむを得ない場合に限られるというべきである。

被告の認める特定売買数に限っても二九回であるから、被告の主張する取引回数である六六回に基づいても、特定売買率は四三・九パーセントであり、仕舞いのための日計り一回を除いても、右比率は四二・四パーセントで、かなり高い割合であるといわざるを得ない。

前記認定の事実からも、直し等が個々の取引の場面において被告の指摘するような合理性を有する側面もあることは否定できない。しかし、それらは、いずれも決済した場合や追証を提出するだけと比べて手数料がかさむだけでなく、更なる損失の拡大又は利益の消滅・減少をもたらす結果になりかねないものである上に、委託者の損失計算の感覚を鈍らせるおそれがある。また、前記認定のとおり、これら特定売買に当たる取引は原告自らが積極的に求めたものではなく、Cらにおいて熱心に勧めたものである。そうすると、特定売買がかなりの頻度で行われることは、取引の不適正を疑わせる要因となるものであるということができる。

(二) 売買回転率をみると、平成七年五月九日から同八年一月三〇日までの取引期間は二六七日(初日算入)として、原告主張の取引回数は五五回でみると、四・八五日に一回、三〇日に六・一八回であり、異常であるかどうかは別にしても、高いといわざるを得ない。なお、被告の特別売買率計算の主張における取引回数六六回をもとに計算すると更に売買回転率は高くなる。

売買回転率の高い取引がすべて違法であるとはいえないが、そのような取引は、買建玉又は売建玉の限月がかなり先であっても、結果的に委託者が短期間の値動きで決済するかどうかなどの判断をせまられたことを示し、損失が生じた場合にできれば新たな建玉により計算上の損を取り戻したい、利益が生じた場合は更なる利益を取りたいとの顧客心理に乗じて頻繁に取引がなされることにより、手数料がかさむだけでなく、損失の拡大又は利益の消滅・減少をもたらす結果になりかねないものである。したがって、売買回転率の高い取引は、顧客がその危険性を十分に承知していないかぎりは、取引の不適正を疑わせる要因となるものである。

(三) 原告の損金の額は、一二一五万〇一二三円であり(これについては争いがない。)、手数料総額は一一一二万八〇〇〇円であるから(乙一九)、手数料化率は九一・六パーセントであり、著しい高率になっているというべきである。

(四) このように、本件取引をみると、特定売買率、手数料化率、売買回転率からみて、被告従業員が原告に無意味な取引を頻繁に繰り返させて被告が手数料名下に多額の金銭を取得したものであり、個々の取引自体がそれだけで違法であるというわけではないが、これら一連の取引行為を全体としてみると、不適正であると評価すべきである。

なお、主務官庁の通達等による特定売買比率、売買回転率、委託手数料の比率の算出方法やそれによる数値が被告主張のとおりであるとしても、先に述べた特定売買率などは原告被告間の取引が適正であったか否かの指標になるものであて、右判断を覆すものではない。

被告は、本件取引が原告の判断と責任に基づいてなされたことをもって違法ではないと主張するところ、前記認定のとおり、一月三〇日の取引を除くすべての取引は、原告の了解を得たものである。しかし、原告は、先物取引に習熟していたわけではないし、それについての理解力も不十分であり、ほとんどの取引において担当者の勧める内容に従って注文をしている。また、担当者は、勧誘の際だけでなく個々の取引の際に選択肢についてその利害得失について具体的に説明したとしても、手数料がかさむことになるとか、決済をして玉を建てない場合と対比した最悪の場合の不利益、追証を支払って保有を続けた場合との対比について原告に理解できるように説明したとはいえない。したがって、原告の個々の取引における了解も、本件取引全体で受けた損失を十分に覚悟した上でなされたということはできず、これをもって本件取引が全体として違法であるとの判断を覆すものではない。

(五) 商品先物取引は、短期間の内に少ない資金で高い利益が得られる可能性があるとともに、その逆の可能性もある極めて危険性の高い取引であるから、商品取引員及びその従業員には、商品取引に十分な知識・経験を有しない者が、本人の予想しない大きな損害を被らせることがないよう努めるべき注意義務がある。本件についてみると、被告の従業員である担当者は、商品取引に十分な知識・経験を有しない原告に対して、右認定のような取引により損失を被らせたのであるから、右注意義務に反したというべきであり、したがって、使用者である被告は、原告に対して損害賠償責任を負う。

三  損害

1  本件取引が原告主張額の一二一五万〇一二三円で損勘定となったことは争いがないから、平成八年一月三〇日の取引継続による損失を含めて、その全額をもって損害と認める。

2  原告が本件取引により精神的な苦痛を被っていることは認められるが、それは、本件のような先物取引における相場の上下に伴う自分の損益に一喜一憂するものにすぎず、本件取引による損失の賠償とは別に慰謝料の請求を認容するまでの事情は認められない。

3  先物取引は、本来、委託者の自己責任においてなされるべきものであるところ、原告が先物取引について素人であるとはいえ、事理弁識能力を欠くわけではなく、損失の可能性のあることの説明を受けたのに本件取引に至っていること、原告が個々の取引について了解しており、利益を得たいとの動機を有していたこと、原告がときにはみずから利益の有無を尋ねるために被告の方に連絡していたこと、原告が本件取引の結果について報告を受けていたこと、被告の担当者が利益についての断定的な判断をしたわけではないことからすると、本件取引による損失の発生、拡大について、原告にも落度があるというべきである。

そこで、本件取引による損害賠償については、原告の過失を三割として右損害額から控除し、八五〇万五〇八六円とするのが相当である。

なお、原告が専門家とみていた被告の担当者の説明を信じ、個々の取引においてその勧めた方法の取引をしたことには、やむを得ないとみられるところもある。しかし、担当者は仕切る方法のあることを説明しており、原告もこれを了解しているのに、結局のところ仕切らずに新たな取引を行っている以上、右の点をもって過失相殺の法理の適用を否定することはできない。

また、原告は、詐欺的商法については、それによって得た利益を取得させる結果になるから、過失相殺を認めるべきではないとする。しかし、被告の従業員は前述の注意義務に違反したものであるが、本件取引が全体として詐欺に当たると断定するだけの証拠はなく、過失相殺の法理の適用を否定することはできないというべきである。

4  本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の損害としては、八五万円を認めるのが相当である。

四  まとめ

よって、原告の請求は、九三五万五〇八六円及びこれに対する本件取引が終了した日である平成八年一月三〇日から年五分の割合による遅延損害金を認める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 栂村明剛)

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